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ドラフト7位で近鉄に入団。顔の虎縞模様が特徴。とあるゴルフ場でキャディ(山田たちのプレー時に一緒に回っている)をやっていたが、大阪近鉄の梨田昌孝監督に投手としての素質を見いだされ入団。本人によると、牛虎という名前は、母親が「丑年に産気づいて寅年に生まれた」かららしい(これが事実なら、おそらく1974年か1986年の1月1日生まれということになる)。ゴルフ場の仲間からは「タイガー」と呼ばれていた。 基本的に先発形だが、先発投手が打者一人にのみ投げ、その後牛虎がロングリリーフするというパターンが多い。「虎」の直球(Max150km/h)と「牛」の変化球(90km/hのスローカーブ)という両極端な決め球を使いこなす。2004年には広仲と共に互いが投手・捕手を兼ねる異色のバッテリーを形成し、その実力を存分にアピール。 オリックスと大阪近鉄が合併したため、現在の所属球団は不明。 広仲塁(0→02):(赤富士高校→大阪近鉄) 捕手・投手。1996年、山梨県・赤富士高校からドラフト8位で近鉄に入団。右投右打。横浜 土地 代より一年下。1996年正月の明訓五人衆の自主トレに顔を出し、一緒に練習したのが初登場。徐々にその実力を上げ、出場機会が増えてきている小柄な選手。 本職は捕手だが、投手として登板することもあり、上手・横手・下手のそれぞれの投球フォームで投げることもできる。1996年開幕戦で当時投手の坂田三吉とバッテリーを組み、捕手からリリーフに登板、抑えでプロデビューを飾る(このパターンは。後に島田牛虎と共に再現することになる)。容貌は犬飼知三郎に良く似ている。 オリックスと大阪近鉄が合併したため、現在の所属球団は不明。 真田一球(01):(巨人学園→東北楽天) 真田幸村に仕えた忍者・真田一心から数えて17代目の末裔。愛称は「セミナー 」。10歳の時に実父を亡くし、その後丹波左文字に育てられる。能天気でほのぼのとした性格だが、ここぞという時の集中力は凄いものを持っている。足の速さと強肩は世界レベル、また驚異的な視力を誇り、里中のスカイフォークがはっきりと見えるほど。ちなみに「女っぽい男」が苦手。 高校まで野球とは無縁の生活を富士山麓で送っていたが、巨人学園の名にふさわしい「巨(おお)きな少年」を捜し求めていた理事長から見出され入学。「野球」そのものを知らぬまま野球部に入り、試合中に野球を学んでいく(いまだ全てのルールを理解しているかどうか怪しい)。右投右打。 『大甲子園』での明訓高校との対戦では、チーム全員が明訓データ復旧 になりきる作戦をとり、一球自身は里中になりきり、投手として試合に臨んで明訓打線を1点に抑えた。他にも、様々な投手のフォームを使い分ける事が出来る。本来のフォームはスーパースターズ編で初登場し、一塁側を向いたセットポジションから手裏剣の如くボールを投げ付ける、というものだった。その後10年間巨人学園の監督を務める。 2005年、ドラフト8位で東北楽天入団。開幕戦の東京戦でいきなり「四番・投手」で先発し、楽天の初先発投手となる。この試合ではプロ初本塁打を放った他、忍者の末裔としての能力で投打に活躍。9回には160キロのストレートで山田を空振り三振に仕留め、球団初勝利に貢献した。2007年の東京戦では、捕手として田中将大とバッテリーを組んだ。 呉九郎(09):(巨人学園→東北楽天) 捕手。右投右打。真田一球の幼馴染で大の親友。巨人学園に入学した一球を追って上京し、巨人学園の野球部に入部。一球同様、当初は野球をまったく知らなかった(彼も野球のルールを完全に理解しているかどうか怪しい)。高校時代は一球とバッテリーを組み、甲子園にも出場した。「鉄仮面」と呼ばれるほど頑丈な体をしており、投球や打球を素手で受けたり、バットの代わりにげんこつでノックをしたりしても全く平気。 2005年、真田一球と共に東北楽天入団。背番号09は、名前の「九郎」にちなんだもの(ちなみに、高校時代には入部当初「90」をつけていた)。 外野手。2004年中盤で東京と対決。初回には愛車のフェラーリに乗って守備位置につき、鉛筆占いでの決め打ちで先頭打者本塁打。その後もバント二塁打、超ファインプレー連発とまさにSHINJOワールドが展開されたが、試合は山田が逆転3ランを放ち、3-2で敗戦。 2006年終盤でも東京との対決が描かれた。8回の走塁中にスリーフィートラインをオーバーしてしまったが、東京ナインがタッチをせずにベンチに引き上げてしまったため、森本と共にパフォーマンスと見せかけて生還(スリーフィートラインオーバーは、ボールを持った手、あるいはグローブで走者にタッチする「行為」がなければアウトは認められない。空タッチはOK)。これが決勝点となり、今度は6-4で勝利。ちなみにCFD 、山田の猛ライナーをダイビングで捕ったが、グラブが破られて落球し、帰塁しようとしていた微笑・殿馬がそのままフォースアウト・タッチアウトになるという珍プレーでのゲームセットだった。 その後は勢いそのままに1位通過、リーグ制覇、日本一を成し遂げ、SHINJOはプロ人生の花道を最高の形で飾った。 正田樹(28):(当時・北海道日本ハム) 投手。2004年の東京戦で先発。それほど高い能力ではなく、守備も下手だが、SHINJOのパフォーマンスに乗って7回まで完全試合。が、殿馬に秘打で初ヒットを許すと、山田に逆転3ランを喰らい、3-2で敗戦(2004年のSHINJOと同じ試合)。 ちなみに、1999年のドラフトで彼が指名されるシーンでは、「少田大五郎」となっていた。 岩隈久志(21):(大阪近鉄→東北楽天) 投手。大阪近鉄時代の2004年、東京戦に先発。岩鬼を三振に打ち取ったが、直後、牛虎にスイッチした。試合は広仲が山田に逆転満塁本塁打を喰らい敗戦。 2005年、東北楽天に移籍。東京との開幕戦、8回2/3で降板した真田一球のリリーフとして登板。土井垣を三振に仕留め、球団初勝利をアシスト。岩隈自身はセーブを挙げた。 岩下修一(26):(当時・オリックス) 投手。オリックスのセットアッパー。急性骨髄性白血病を克服し、2004年の東京戦でプロ初先発。いきなり岩鬼に先頭打者本塁打を喰らう(岩鬼は岩下への情からデタラメに振ったのだが、岩下が投じたのがど真ん中だったため、逆に外貨預金 してしまった)が、その後は気迫の投球で失点を許さず、9回を完投。試合はオリックスが9回裏、日高剛のソロ本塁打で2-1とサヨナラ勝利。岩下は涙の完投勝利を挙げた。 清原和博(5):(当時・巨人) 内野手。山田にとっては西武時代の先輩。2005年の交流戦で、山田が先発投手を木下と里中を間違えて伝えてしまった(山田は試合直前に突如里中へ変更したことを知らなかった)ため、木下が苦手なことから5番に落ちる。その後は怒っていると見せて山田を威嚇。初回に逆転3ランを放ち、これが決勝打になり、2-3で勝利。 真田裕貴(43):(当時・巨人) 投手。2005年の東京との交流戦開幕試合(清原と同じ試合)で、堀内恒夫監督の奇策により先発。初回に山田に2ランを浴びるものの、その後は立ち直り無失点に抑え、勝利投手となる。 中村剛也(60):(西武) 内野手。通称「おかわり君」。「米ばかり食べていたら太るから」と試合前にはスープを飲んでいる。2005年は本塁打を30本を打つなど大ブレークしたが、シーズン終盤での東京戦では、山田の「おかわり君はご飯が好きだから、左右をまぜる混ぜご飯は嫌いだろう」と言う滅茶苦茶なリードによって抑え込まれる。投手が里中に変わってから、ようやくソロ本塁打を放つものの、時既に遅く、試合は5-1で敗戦。 下柳剛(42):(阪神) 投手。2006年の交流戦で東京相手に先発。序盤、飯島のトリックに引っかかって3点を奪われるが、これで火がついたのか、打撃では2本の二塁打を放ち(そのうち1本はホームランが風に押し戻されてフェンス直撃の二塁打になってしまったもの)、試合も気合で完投した。試合には飯島のツキもあり3-2で敗れたものの、「ど派手な幕切れや、年に一度もないおもろい試合やったで、上等や」と満足そうだった。 森本稀哲(46→1):(北海道日本ハム) 外野手。日本ハムの1番打者で、自他共に認めるSHINJOの弟分。2006年の東京戦には岩鬼のまねをして葉っぱをくわえて出場。ファインプレーを自ら演出したり、ワンバウンドの悪球をすくい上げて同点先頭打者本塁打を放つなど、師匠・SHINJOと共に大活躍(2006年のSHINJOと同じ試合)。 ダルビッシュ有(11):(北海道日本ハム) 投手。日本ハムの若きエース。2006年終盤での東京戦、夏子に会ってルンルン気分の岩鬼にいきなり先頭打者本塁打を喰らう。さらにこの試合で初めて口を開いたサルにキーキー野次られ1イニング3死球。その直後サルの神がかり的な打撃で合計4失点と散々な目に遭う。その後は立ち直り、日本ハムの勝利を呼び込んだ(2006年のSHINJOと同じ試合)。 2008年の東京との開幕戦でも登板。東京の強力打線を相手に18三振を奪うが、山田に2本塁打を浴び、2-1で敗戦。 小笠原道大(2):(当時・北海道日本ハム) 内野手。2006年終盤での東京戦、初回に特大アーチを放つが、その後岩鬼のライナーをファインプレーで捕球した際に負傷、9回表の守備から小田智之と交代した(2006年のSHINJOと同じ試合)。その後は故障が癒えたのか、本塁打・打点の2冠を独走し、日本ハムの優勝に大きく貢献した。 斉藤和巳(66):(福岡ソフトバンク) 投手。ソフトバンクのエース。2007年の東京との開幕戦、いきなり岩鬼に先頭打者本塁打を喰らうが、その後は小久保裕紀らバックの守備にも助けられ、要所を締め9回を完投した。しかし、味方打線は里中に完全試合を許し、1-0で敗戦。 田中将大(18):(東北楽天) 投手。2007年の東京戦では、一球とバッテリーを組んで先発。山田に2000本目の安打となる本塁打を許すも、完投勝利をあげた。 藤川球児(22):(阪神) 投手。阪神の守護神だが、作中では先発で登板。2005年の東京とのオープン戦では岩鬼に先頭打者本塁打を打たれている。 2007年のオールスターでも先発し、江夏豊らが持つ9者連続奪三振記録まであと一人と迫ったが、9人目となる殿馬に本塁打を浴びる。次打者の岩鬼は2度目の空振り三振に取り、結果9三振を奪った。 山井大介(29):(中日) 投手。ゴーグルをかけている。2007年の東京との日本シリーズでは、第3戦で先発して勝利。 第7戦で再び登板し、ゴーグルに光を反射させて目眩ましをする「光投法」で東京打線を翻弄したが、2本の本塁打を浴び、6回途中3失点で降板。 平田良介(8):(中日) 外野手。大の漫画好き。2007年の日本シリーズ第7戦では、5回に登板した岩鬼の158km/hの剛速球を、その岩鬼ばりの悪球打ちで逆転2ランにした。しかし、試合は抑えの岩瀬仁紀が山田に逆転サヨナラ本塁打を浴びて惜敗し、日本一を逃す。 中田翔(6):(北海道日本ハム) 内野手。2008年の東京との開幕戦で、山田すらもなし得なかった史上初の高卒ルーキー開幕4番スタメン出場を果たす。2回表のプロ初打席では、全球ストレート勝負した里中の球を捉え、先制本塁打を放つ。その後は2三振するなど凡退。 寺原隼人(24):(横浜) 投手。2008年の東京との交流戦開幕試合に先発。岩鬼に先頭打者本塁打を浴びるも、味方の大量援護を受け、完投勝利をあげた。 唐川侑己(19):(千葉ロッテ) 投手。高卒ルーキー。2008年の東京戦に先発し、岩鬼と山田に本塁打を打たれるも、5イニングを投げきり、勝ち投手の権利を持って降板。しかし、リリーフした中西球道が岩鬼に逆転サヨナラ本塁打を浴び、白星は付かなかった。 山田の9歳下の妹。里中と婚約している。 夏川夏子 岩鬼の中学時代からの思い人。大蔵氏と政略結婚し、遙という娘をもうけたが、2003年に離婚し、新潟へ引っ越していた。その後、岩鬼が自宅の隣室へ2人を呼び寄せる。2008年に岩鬼と結婚し、保土ヶ谷球場近くの新居に転居する。