管理費とは
管理費(かんりひ)エレベーターや廊下等の共用部分の維持管理のため、月々家主に支払う費用。共益費とも呼ぶ。
逗子 不動産からの撤退に伴いさよならヘッドマークを掲げて走る113系(品川-川崎間)東海道本線については1987年当時は最長で浜松まで直通したが、その後静岡までに短縮され、2004年10月改正で沼津までの直通となった。また、国府津車両センターに所属する東海道本線東京口の車両は2004年10月から2006年3月17日までに、E231系への置換えでほぼ全車が廃車され、車歴が浅い一部の車両(94両)は幕張車両センターに順次転属された。ただし、6両1編成(52編成)が転属直後に幕張車両センター内での事故で使用不能になり、復旧されることなく廃車になっている。その際に捻出された2階建グリーン車は東海道本線用のサロ212・213形100番台、宇都宮線・高崎線用のサロ212・213形1100番台へ改造の上それぞれの211系に順次連結された。なお、最後まで国府津車両センターに在籍していたのは基本編成4本(K47・51・57・69編成)と付属編成5本(S81・96・102〜104編成)の計9本であった。S96編成は2006年4月26日に、中原電車区から疎開してきた103系のT1編成と共に、長野総合車両センターへ廃車回送され、ここにJR東日本に在籍した113系湘南色車が消滅した。また、2004年11月まで東京口で使われていたJR東海所有の付属編成(静岡車両区所属のT100番台編成)も、翌2007年3月17日をもって運用を終了した。これにより現在では、JR東日本管内で湘南色113系は全く見られなくなった。
湘南 不動産が使われているのはすべて千葉支社管轄の茨城県の鹿島線と千葉県内の総武本線(千葉以東)・成田線(成田〜我孫子間を除く)・内房線・外房線・東金線となっている。この他に総武快速線の両国〜千葉間では客扱いこそないものの新聞電車として走行しており、東京都内へ乗り入れる唯一の113系運用となっている。
初期車に関しては国府津車両センターからの車歴の若い車両によって置換えられた他、E231系の増備で捻出された211系3000番台が高崎車両センターから転入し、2006年10月21日から運用を開始したため既に全廃している。
廃車された一部の車両は四国旅客鉄道(JR四国113系)と伊豆急行(200系)に譲渡されている。このうち伊豆急行譲渡車については東京急行電鉄からの8000系譲渡に伴い、既に113系から改造された全編成が廃車されている。また、2006年1月まで在籍していた国府津車両センターのK48編成のうちモハ112・113-1506の2両については、運用終了後に大宮総合車両センターへ回送され現在も同センターに留置されている。これらは2006年5月27日、2007年5月26日の同センターの一般公開時には、休憩用車両として使われた。なお2007年に展示されたのはモハ112-1506のみである。
武蔵野タワーズの113系は静岡車両区と神領車両区に所属していたが、いずれも後継車両への置換えが進み、2007年3月17日をもって定期運用を終了した。その後、神領所属車は2007年11月までに、静岡所属車は同年12月までに全車が廃車・解体され、同社所属の113系は消滅した。以下では2007年5月現在の状況について述べる。
静岡車両区
最末期には4両編成1本(4両)・3両編成2本(6両)の計10両が在籍していた。
東海道線(熱海〜豊橋間)、御殿場線(御殿場〜沼津間)で運用されていた。最後までオリジナルの113系が多く残っていた地区だったが、2006年10月から大垣車両区より転属された211系5000番台や、新たに投入された313系により順次置換えが行われ、2007年3月17日を最後に定期運用を終了した。なお、最終運用列車は下りが三島22時00分発静岡行829M(静岡23時11分着)・上りが浜松19時55分発静岡行826M(静岡21時07分着)であった。2007年12月末頃、最後まで残っていた4両編成1本(L21編成)が廃車された。
かつて東海道本線東京口で付属編成として、また伊東線・伊豆急行線内の普通列車として使用された静岡車両区T100編成(旧T編成)は、2005年10月から廃車が始まり、2007年5月現在全車が廃車となっている。
T100編成は2004年10月16日のダイヤ改正までは、早朝にあったJR東海車での単独運用である東京発静岡行き1本でJR東日本の基本編成と併結して東京駅まで乗入れていたが、これについてはJR東日本サイドでE231系新製によって余裕の出た113系基本編成を4両に組替の上でT100編成を置換えている。この改正で同時に211系を含めて沼津〜島田間からグリーン車連結編成による運用が消滅している。2003年GWに臨時列車(臨時「大垣夜行」として8両編成で東京・品川〜大垣間を営業運転した経歴がある。
2005年の愛知万博開催時は万博輸送のために211系の大半が神領に転属(または貸出し)したために一時的にではあるが113系の運用は大幅に増えた。また静岡所属の113系もこの時期は神領に応援に入った車両もある。
武蔵野マンション・民営化後
国鉄の分割・民営化後は多くの車両が承継された。また最近では一部の車両がオリジナルカラーに塗替えられたりしている。
そのうち、総武快速線と横須賀線については1994年〜1999年にE217系に置換えられ、一部編成が房総地区や東海道本線東京口の他、E231系が投入されるまで暫定的に東北本線(宇都宮線)でも使用されたことがあった。
211系への改造
1996年以降は国府津車両センターに全車が在籍していたが、2004年から同センター配置の113系がE231系に置換えられることになり、捻出された2階建グリーン車はサロ212・213形100・1100番台に改造された。
不動産担保ローンは田町車両センターの平屋+2階建グリーン車(サロ211+212形・サロ210+213形)を高崎車両センターに転用するために投入。側面行先表示器をLED化して、東海道本線東京口用に引続き使用されている。
1100番台車は100番台と同じ改造に加え、寒冷地対応改造を施して東北本線(宇都宮線)・高崎線の上野口用で高崎車両センター所属の211系に組込まれて使用されている。こちらも側面行先表示器をLED化されている。
車両需給の都合から、一部のサロ124形は、方向転換のうえ、車掌室をトイレ・洗面所に改造してサロ213形へと改造されている(100番台8両・1100番台4両)。
津田沼一戸建てがサロ124-1〜8のものは引続きTR69系台車となり、サロ212・213形への改造後は両車ともTR69系台車を装備した車両同士で組合せて登場し、当初、総武快速・横須賀線に所属していた車両について、カラーシートは改造後も張り替えずそのままで登場した。
111・113系にとって最初の塗色で、先代の80系・153系に準じ、緑(緑2号)に窓周りをオレンジ(黄かん色)とした。国鉄の分割・民営化後は緑はJR東日本、オレンジはJR東海のコーポレートカラーにもなった。なお、JR東日本所属車とJR東海所属車とでは色調に若干の違いがある他、車体色ではないが、JR東海所属車は1995年頃より床下の機器・台車等の塗装を灰色に変更していた。
東海道本線を中心に運用したが、京阪神地区は2004年10月16日のダイヤ改正で草津線に乗入れる列車などの一部を除いて運用終了しており、関東地区でも2006年3月18日のダイヤ改正で運用を終了した。また、JR東海でも313系増備車への置換えで115系と共に2007年3月17日限りで運用を終了した。京都ローカルの路線では当分の間残る。
マンスリーマンションの113系も湘南色であったが、誤乗が多く、また70系に塗っていた青(青15号)+クリーム(クリーム1号)の塗装が好評であったことから、1964年から113系にも引継ぐこととなった。当初は塗分線が違っていた(後述)ものの大きな変更もなく長年にわたって使われてきた。愛好者の間ではスカ色ともいわれている。
現在、横須賀線・総武快速線からは撤退したものの、千葉支社管内の総武本線(千葉〜銚子間)・我孫子〜成田間を除く成田線・外房線・内房線・東金線ではまだ多くの車両が運転されている。ただ、2005年以降に東海道本線から撤退した車両、2006年秋以降に東北本線(宇都宮線)・高崎線から211系への置換えがそれぞれ行われたため、初期車は入替に廃車された。また定期列車として総武快速線両国〜千葉間で内房・外房線方面への新聞輸送列車(2331M)が夕刊新聞の発行される平日・土曜日に運転される。千葉駅到着後は外房線方面14時11分発安房鴨川行き、内房線方面14時28分発安房鴨川行き(いずれも4両×2の8両編成)に分割される。なお、夕刊の発行されない日祝日・年末年始は運休となる。このような場合は幕張車両センター〜千葉間の回送列車(回6267M)として運転され分割される。なお、いずれにしても千葉駅は外房線ホームに到着する。内房線用車両は切り離された後すぐに回送列車となり、一度稲毛駅付近の黒砂信号場に回送される。